たばこ塩産業 塩事業版 2001.11.25

Encyclopedia[塩百科] 4

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

日本人の栄養所要量と国民栄養調査から見た食塩摂取量

 国民の健康保持・増進、生活習慣病予防のために標準となるエネルギー及び各栄養素の摂取量を5年毎に定めている。その中に食塩摂取量があり、それらがどのように反映されているかを毎年行われる国民栄養調査で確認している。食生活指針や指針の効果を裏付ける調査を行っている国は他にもあるが、先ずは我が国の食塩摂取量について整理してみた。

わが国の食塩摂取量 その「推移と現状から」

極端な減塩に対する注意も

所要量
 5年毎に改定される「日本人の栄養所要量」の中で、食塩摂取量については昭和54(1979)に食塩一日10 g以下を適正摂取量とすることが望ましいと考えられる、との考え方が打ち出された。
  昭和59(1984)の第三次改定で、その値が目標摂取量(目標とする摂取量の上限値)とされた。以後平成11年に出された第六次改定までその数値は変わっていない。食塩所要量については表1に示すように戦後まもない頃から定められており、その考え方の変遷と共に数値も変わってきている。当時は成人1人1日当たり15 gを所要摂取量としていた。

表1 食塩所要量の変遷
食塩摂取量 策定機関 策定名称 備考
昭和22年 15 g 国民食糧および栄養対策審議会     所要摂取量      (1人1日当たり)
昭和29年 13 g 資源調査会 栄養基準量
昭和35年 13 g 栄養審議会 栄養基準量
昭和45年 14 g 栄養審議会 栄養基準量
昭和50年 記載なし 栄養審議会
昭和54年 10 g以下 公衆衛生審議会 適正摂取量
昭和59年 10 g以下 公衆衛生審議会 目標摂取量 第三次改定
平成元年 10 g以下 公衆衛生審議会 目標摂取量 第四次改定
平成6年 10 g以下 公衆衛生審議会 目標摂取量 第五次改定
平成11年 10 g以下 公衆衛生審議会 目標摂取量 第六次改定

 平成6年の第五次改定では、食塩の目標摂取量について、インターソルト・スタディの結果を参考にして「10 g/日を達成している人は、7-8 g/日へ、というように、各自が自分の現在に摂取量を下回るように常に努力しなければならない。10 g/日が理想的な食塩摂取量ではないことを強調しておきたい。」と述べている。
  平成11年の第六次改定では、「高血圧の予防のためには、できるだけ減塩に努めるべきであるが、当面は、個人レベルで成人(15-69)の食塩摂取量10 g/日未満にすることが望ましい。また、70歳以上の高齢者に対して減塩指導を行う場合には、生活の質を考慮したものであることが望ましい。」と高齢者への行き過ぎた減塩に注意が払われている。また、厳しい摂取制限からくる危険性という項を立て、「腎機能の低下している人々にナトリウム摂取量を極端に減少させると、心血管予備力の低下、嘔吐、下痢等により消化管から喪失した量の回復遅延、レニン・アンジオテンシン系への悪影響等が起こるので注意が必要である。」と、これまた極端な減塩に対する注意事項を述べている。
 研究の進展に伴って最近では欧米の研究で、減塩に対する悪影響についての論文が目に付くようになってきた。そのためと思われるが、以前のような減塩すればするほど良いような表現ではなく、減塩に対する配慮もケース・バイ・ケースで考えるようにきめ細かく表現されるようになった。

「目標値10 g未満」は疑問

摂取量
 食塩摂取量は毎年行われる国民栄養調査の中で発表されている。その変遷を図1に示す。

       食塩摂取量の変遷

                  図1 食塩摂取量の変遷

 食塩摂取量は約13.5 g/日から12.0 g/日ぐらいまで一度は下がってきたが、その後13.0 g/日ぐらいまで上昇し、再び下がり始めて現在では12.6 g/日である。ここ10年間ぐらいは13 g/日弱で推移してきた。
 一番最近の結果である平成11年について厚生省が発表している地域ブロック別食塩摂取量は図2のようになっており、「摂取量はおおむね東高西低となっている。」と表現している。東北(秋田、青森、岩手、宮城、山形、福島)と近畿U(奈良、和歌山、滋賀、三重)では約3 gの差である。ところが、驚くべきことに前年の結果と比べてみると、東北では1.0 g増加しており、近畿Uでは2.1 g減少している。そのため近畿Uが全国で一番少ない摂取量になっているが、通常、近畿T(兵庫、大阪、京都)が一番少ない場合が多い。しかし、この差はあまりにも大きい。こんなに大きな差が1年間で生じる理由はないので、調査法に何らかの問題がありそうである。

       地域ブロック別食塩摂取量
                           図2 地域ブロック別食塩摂取量

 食塩摂取量が摂取しているどの食品群に由来しているか、についての経時変化も図3のように発表されている。これを見ると、しょうゆ、味噌、食塩などの調味料で全体の50-60%を占めている。食塩は全体の10%くらいで、1日当たり1 g強の摂取量であることも分かる。

            食塩の食品群別摂取量の年次推移
                       図3 食塩の食品群別摂取量の年次推移

塩専売制度が廃止されたからいろいろな塩が販売されるようになり、中には豊富なミネラルをキャッチフレーズにして健康に良いようなことを書いている商品があるが、強力な薬でもあるまいし、たかだか1 g程度の食塩にキャッチフレーズに書かれている効果を期待する方がどうかと思う。
 話は逸れたが、しょうゆ、味噌、食塩からの食塩摂取量が次第に減少している傾向にあるが、食塩は別にして、しょうゆ、味噌は減塩製品が普及してきたためとも思われるが、この摂取量を計算するときには、食品成分表を使用し、その値は改定されない限り一定であるので、所要量が減ってきていると考えるのが妥当であろう。その他の調味料からの摂取量が昭和60年と平成2年の間で3倍も高くなっている。なぜなのか調べてみると、平成元年と2年の間に変わっていることが分かったが、その他の調味料について分類変更などの具体的な説明がないので理由は分からない。
 男女別にどの年代がどの位の食塩摂取量であるかについも図4のように発表されている。男女とも50代、60代で摂取量が多く、それぞれ15 g/日代、13 g/日代で、かなり多い摂取量であることが分かる。

           性別、年齢階層別食塩摂取量
                 図4 食塩摂取量 (性・年齢階層別、20歳以上)

 食塩摂取量が目標摂取量まで下がらないので、もう少し長い期間を見据えて、21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)の報告書では2010年までを目標に、食塩摂取量の目標値を10 g/日未満に設定している。その効果が現れるかどうか、これまでの経過から見ると不可能なように思われる。
  しかし、その間に遺伝子の機能に関する解析も進んで、高血圧の発症や食塩感受性に関連する遺伝子も明らかにされ、食塩摂取量と高血圧との関係に対する考え方も変わるかもしれない。そうなれば減塩しなければならない人としなくても良い人の区別が付けられるようになるであろう。