たばこ塩産業 塩事業版 2002.04.25

Encyclopedia[塩百科] 9

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

イオン交換膜製塩法のに関する報道を検証

 5年前に塩専売制度が廃止され、その後の経過措置期間も過ぎて、設定された規制は完全に排除された。しかし、塩生産体制の準備が整っていないとして新たに3年間の関税措置が取られることとなった。一般的にはいよいよ完全自由な市場となったとして、マスメディアは塩を話題にして記事報道や放送が盛んに行われている。その内容たるや何の根拠もないのに悪者の濡れ衣をイオン交換膜製塩法による塩に着せた報道から、化学的製法塩ではないという正当な報道までいろいろである。公的な役割を持った報道機関が国民に誤解を与え、被害を被る商品がある。何が間違っているのか検証してみる。

月刊「現代」の著しく妥当性を欠く記事

 月刊「現代」4月号に“塩専売の30年間に何が起きたか 検証「精製塩」ががん・生活習慣病の元凶だった”というおどろおどろしいタイトルの記事が掲載された。ここで述べている精製塩はイオン交換膜製塩法で製造した塩のことである。この記事で筆者が検証したいのは以下の通りである。
  @八藤眞食品栄養学博士が述べた「長期間にわたり、日本人の体は精製塩(化学塩)の脅威に晒され、無視できない健康被害を受けてきたといえます。…中略…。30年前の死亡統計を見ると、脳卒中が死亡原因の第一位でした。それが10年後にはがんが第一位に躍り出た。…中略…。必須ミネラルが欠乏した精製塩が、家庭用や業務用に広く流通したことが、最も大きな原因の一つと考えられます。その理由は、食品類から必須ミネラルが失われ、それによって日本人の体液バランスが崩れたことにあります。結果として免疫力が低下し、現代人の体質は変化し、感染症や生活習慣病を罹患しやすくなってしまったのです。」は正しいか?
  A自然塩はミネラルが10%近く含まれており、カルシウムを例にとると自然塩であれば、一日に10 gほど摂取するだけで、厚生省の定める一日当たりの栄養所要量(一日600 mg)の約四分の一(160 mg)を摂取することができる。これは本当か?
 B河木医学博士が述べた「セレニウムの不足が起きると、がんを発生しやすい体質になります。セレニウムの体内数値は正常者の場合は、血液100 ml中平均で21.7マイクログラムだが、がん患者は平均で16.2マイクログラムでしかない。」は塩からの摂取量とどのような関係にあるか?
 C河木医学博士が述べた「…前略…。高血圧の原因は、実はイオン交換法による“精製塩”が問題で、純度99%の塩化ナトリウムが細胞外液に過剰な状態でとどまり、その結果、浸透圧によって細胞は水分を失って萎縮する。これが高血圧を引き起こすのです。」は本当か?

「おもいっきりテレビ」の放送

 4月8日のお昼NTVのおもいっきりテレビで「“塩”の上手な取り方」が放送された。これまたイオン交換膜製塩法による塩の摂取でD心疾患、糖尿病、脳梗塞による死亡者数が増加していることをフリップで説明した。E自然塩のミネラルによって末梢血管が拡張する。F海からの自然塩を一日20 g1週間5人に食べさせたら3人の血圧は下がった。これらについても検証する。

@・Dの検証 ― ガン・生活習慣病による死亡者数の変遷を確認する 

 1は厚生労働省が発表している人口動態統計の数値より脳内出血(脳卒中)、心疾患、脳梗塞、胃ガン、高血圧、糖尿病について作図したものである。

      疾患死亡者数の変遷(塩と疾病の関係)

テレビ放送では心疾患、糖尿病、脳梗塞のデータが映されていたが、表題は()書きのように「塩と疾病の関係」となっており、「自分たちが勝手に作ったものではなく、厚生労働省が作って発表したもの」とわざわざみのもんた氏は言い添えていた。
  厚生労働省は各種統計値を発表するが、統計値間の相関関係にまでは言及しないので、このような塩との関係を発表するはずがない。その証拠に、実は放送ではこの図に記載されている下の方にある糖尿病が脳梗塞の線より高いところに脳梗塞と同じような動きで描かれていた。つまり糖尿病死亡者数を勝手に誇大に書いて(間違って書いた?)放送した。
  国民に多大な恐怖を植え付ける間違った放送をしたことに対して厚生労働省はクレームを付けるべきだと思うが、それはともかく、この図を見て自然塩から精製塩に替わったために死亡者数が増えたと説明できる人は月刊「現代」編集関係者とTVK放送関係者以外にはいないであろう。
  心疾患死亡者数の増加勾配はほぼ同じであり、脳梗塞ではむしろ勾配が大幅に小さくなって、1980年以後は下がっており、1990年以後は心疾患でも下がり、その後上がるという不自然な動きをしている。
  胃ガン、糖尿病は精製塩になってから大きな変化はないと言ってよく、高血圧は下がっている。脳内出血による死亡者数は1960年以後急速に減少している。これは戦後20年経過して生活も安定し、タンパク質の摂取量も増え栄養摂取状態が良くなって血管が強くなるとともに、医療技術も進歩して来たためと筆者は考えている。
 30年前の1970年頃は脳卒中(脳内出血)が死因の第一であり、10年後の1980年頃にはがんが第一に躍り出たと述べているが、この図で見ると、第一位は心疾患であり、胃がんは第三位である。
  この間違いはがん(悪性新生物)をすべてのがんの数値で見ているからである。ちなみにその数値は1970年で119,977人、1980年で161,764人である。このがんの中には、食道がん、結腸がん、直腸がん、子宮がん、肺がん等も含まれている。塩が原因と言われているのは胃がんである。胃がんの数値はこの図に示すように約1/3である。1999年では胃がんよりも呼吸器系の肺がんによる死亡数の方が多くなっている。
 このように雑誌も放送もまったくでたらめなことを言っていることが分かる。

A・Bの検証 ― 自然塩からのミネラル摂取を期待できるか? 

  塩の中にあるカルシウムは硫酸カルシウム(石膏)の形となっているカルシウムであり、硫酸カルシウムは胃酸(HCl)でも溶けないので、体に吸収されることはほとんどない。何でもカルシウムがあればよいのではなく、どのような形であるかが体内への吸収には重要である。海水中には溶けてカルシウム・イオンの形であるので、そんなにカルシウムを摂りたいのであれば海水を飲めばよい。その場合、一日当たりの栄養所要量(一日600 mg)の約四分の一(160 mg)を摂取したければ、一日に400 mlの海水を飲む必要がある。400 mlの海水から塩が10 gできるからである。この塩は海水をそのまま煮詰めたものでなければならない。その場合、塩以外のミネラルは20%強入っている。月刊「現代」が書いているようにミネラルが10%しかなければ、カルシウム摂取量は半減する。さらにミネラルが10%もあるような塩はそれほど市場には出回っていない。厚生労働省によると家庭で使用し摂取される塩の量は一人1日当たり1 g強である(食塩摂取量の約10)。要するに、現代に書かれている数字は間違っている。昭和10年頃の塩でも10 gから摂取できるカルシウム量は40 mg程度であり、とても期待できる量ではない。
 ヒトの1日当たりセレン必要量は0.030.06 mgであり、第六次改定「日本人の栄養所要量」によると0.10.2 mg摂取しているので統計数値上不足していることはない。ちなみに体内のセレン量を計算してみる。体内に血液が3.55.0リットルあるとすると、河木博士の数値では正常者で0.761.09 mgあることになる。ところが海水400 ml中には0.0002 mgしかないので、とうてい塩からの摂取を期待できるものではない。
 食塩(雑誌や放送で精製塩と言われている商品)の純度99%以上は、昭和40年の流下式塩田製塩時代から47年にイオン交換膜式製塩法に変わり現在に至るまで変わっていないが、組成は若干変化している。その変遷を図2に示した。この図には比較のために輸入されている天日塩田製塩法による塩の組成についても示した。この図を見れば、製法が変わっても巷で言われている薬のような純度の高い塩になっていないことが判る。

        食塩品質の推移

C・E・Fの検証 ― 自然塩で血圧が下がるか? 

 自然塩で本当に血圧が下がれば苦労はない。食塩摂取量が高血圧症の原因であるとする食塩仮説は半世紀にわたって証明努力が続けられてきた。
  しかし、未だに証明されないでむしろ関係は弱いことが分かってきた。減塩しても血圧が変化しない人が多いが、中には下がる人もおり、逆に上がる人もいる。増塩でも上がる人もいれば、下がる人もいる。
  このように食塩摂取量に対する血圧応答は多様である。塩のミネラルで学術的に血圧降下作用が認められているのはカリウムであるが、海からの塩に自然に入ってくる程度のカリウム量で血圧降下作用は考えられない。マグネシウムの血圧降下作用は学会レベルで確定されていない。
 腎臓が正常であれば、過剰に摂取された食塩は排泄されて血液中のナトリウム濃度は絶えず一定に維持されているので、浸透圧が変化することはない。
 以上のように、自然塩が健康に良く、精製塩が健康に悪いと主張する人達の根拠はことごとく間違っており、願望的な思い込みか商業上の戦略に基づいているように思われる。
  このような思い込み現象を、栄養疫学者の豊川裕之氏は“「生活の中の栄養学」健康に生きる食の智恵”の中で妙薬(自然塩)信仰、魔女(精製塩)裁判と言っている。( )内の言葉は筆者が入れた。

説得力があったNHKの番組 ― 「生活ほっとモーニング」

 4月5日にNHKで放送された[“魔法”の調味料「塩」の最新活用法]はかなり説得力のある放送であった。イオン交換膜製塩法で作られた塩について「化学的に作られているという噂を聞くが…」と言うゲストに対して、NHKアナウンサーは「そうではないのです」と否定して、イオン交換膜法でも海水から作っており、海水からの塩づくりを説明した。筆者が見てきた限り、NHKが化学塩でないと明確に放送したのは初めてである。
 この放送は塩の味、うまさの違い、料理における塩の上手な使い方を内容としていた。精製塩から苦汁入りの塩まで、いろいろな塩をいろいろな料理に使う数多くの料理人に「どのような塩が美味しいか」と聞いたが、規則性を見出すことができなかった。
  それぞれにこだわりの塩を使っており、味は個人の主観の問題であるので、とやかく言えないとの妥当な結論であった。
          ◇         ◇         ◇  
  マスメディアは情報操作をしているのではないかと思われかねないような一方的な情報を流すべきではなく、双方的な報道をすべきで、読者、視聴者に最終判断させるようにすべきである。それにしても、もう少し勉強して正確な情報を提供してもらいたいものである。