たばこ産業 塩専売版  1987.11.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩技術調査室室長

橋本壽夫

減塩の効果と危険性

 病院に行って血圧が高いと、塩分を控えた方がよい、と必ず医者に言われることだろう。その時どれぐらいまで控えれば、どのぐらい効果があるかについてまでは言われない。そこで今回は、減塩の効果と行きすぎた減塩につきまとう危険性について紹介したい。
 減塩をしなければならない理由は何だろうか?
  一般的に、すべて一律に減塩すべきであるといわれている最大の理由は、人間が生理的に必要とする食塩の補給量は1日に1グラムもあれば足りるということだ。それにもかかわらず、その10倍も20倍も取っているから、病人はもちろんのこと、健康人も減らすべきである、という考え方だ。
 第二に、塩の摂取量と血圧とは相関関係にあり、血圧の高い人が多い地域ほど塩を取りすぎているという疫学的調査結果があることから、減塩しておれば血圧は高くならないものと考えている。
 第三に、一部の高血圧の人で減塩をすれば血圧が下がる人がいることから、減塩すれば誰でも血圧が下がると考えている。

塩に感受性の強い人に減塩効果あるが…

 以上のことから、減塩すれば高血圧にならない。高血圧の人も血圧が下がる。1日1グラムで済むものであれば、減塩してもそのために害になったり、病気になることはないと考えているように思われる。
 そこで減塩にはどの程度、血圧を下げる効果があるのだろうか?アメリカのマーク・C・ヒューストン博士は次のように言っている。
  1日に1グラム以下に厳しく制限すると、本態性高血圧患者の3050%は血圧が正常になる。1日1.23.6グラムの制限は塩に感受性のある高血圧患者の血圧を大幅に下げる。13.68.8グラムの適度の制限は血圧の降下はわずかであるが、塩に感受性のある本態性高血圧、低レニン性高血圧、容量依存性高血圧(腎臓のナトリウム排壮機能低下のため、塩分が体内に蓄積し、血液量が多くなって血圧が上がる)に関しては血圧を確実に下げ、服用している降圧剤の効果を高める。
 また、これは予防の話だが、遺伝的に塩に感受性のある人は1日に3.53.6グラム以下の塩分摂取量であれば、高血圧にならないであろうと言っている。なお、塩に強い人は1日25.9グラム以上の摂取量になるまでは制限する必要はないと言っている。
 このように減塩により血圧降下の効果を上げるためには、かなり厳しい減塩をしなければならないようだが、そのために別の危険が出てくるようなことはないのだろうか。

食塩摂取量が少ないと成長にも影響

 先にも述べたように、生理的に必要な塩分は1日1グラムもあればよいが、これを減塩ではなく生まれつきそのような環境の中で生活している人たちがいる。もっともよく引き合いに出されるのはブラジルの奥地にいるヤノマモ・インディアン。このような未開の地で原始的な生活をしているいくつかの民族は、確かに血圧は低く、年齢とともに血圧が高くなることもないようだが、その代わり早く死ぬ。西欧社会の平均寿命が7080歳であるのに比べて、3040歳となっている。また、発育が悪く背が低いようだ。これはもちろん塩分だけでなく食生活に依存するところが大であると思われるが、ラットを使った動物実験でもナトリウムが少ないと成長が悪く、若死にするラットが多いことが確かめられている。こうなると気味の悪い話である。
 炎天下や灼熱下で仕事をしている人は、汗により水分と塩分が失われ、水と塩を補わなければならないことはよく知られている。水と塩を補わなければ、過労、熱痙れん、熟ばてを起こし、虚脱状態になる。アメリカでは1920年以来、灼熱下での作業者には特別な塩が与えられ、多くの産業で何の問題もなくなったが、それまでは夏になると熱ばてで工場では必ず死者が出ていたという。
 アメリカの大学院生が被験者となって行った2週間のナトリウム低減実験で、睡眠への影響を調査した結果によると、ナトリウム量が多いほど被験者たちはよく眠れた。夜間眠れない期間の頻度(ひんど)は、正常な食事をしている被験者たちで1夜当たり59回であったが、ナトリウム制限食の被験者たちは14回までになり、睡眠にはナトリウムが必要であり、実験が進むにつれて制限の被験者たちは怒りっぽくなったり、意気消沈したり、腹を立てたりすることが多くなったという。

健康管理に減塩が役立つのは病人だけ

 人間は年齢に関係なく、塩の供給が不十分な場合、あるいは極端に失うようなことが起こった場合、血液量が減り、その結果、組織に酸素や他の栄養分を供給することが阻害され、生命の危険に陥ることがある。例えば、下痢が長引いた時、熱が出て激しい発汗が続いた時、厳しい塩分制限をした時、塩分の回収機能が阻害される腎臓病になった時、などだ。大ケガをしたり、手術で血液量が減った時、輸血やリンゲル注射で塩分を補給することは、身の回りでよく耳にする。
 特に幼児や子供は発汗によって急速に塩分を失ってしまう。夏場に子供の食欲がなくなって、大汗をかいたり、下痢をしていたり、疲れた気配をみせたりしないか、親はよく注意しておかなければならない。そのような時には、塩を含んだ飲物を十分飲ませ、様子を見て医者に行ったほうがよいだろう。
 通常、健康な人が塩分制限をする場合、それに伴う危険はあっても分かりやすい症状が現れることが少なく、現れた時には手遅れになりかねないという点で恐ろしい。また、塩分制限をして効果があり、そのためしなければならない人は病人で、心臓、腎臓、肝臓がかなり悪い患者で、医者の十分な管理の下に減塩を行わないと致命的になるほど危険な病気だ。
 このように減塩にも危険性は内在している。健康管理に減塩が役立つのは病人だけであるといえそうだ。