たばこ産業 塩専売版 1990.02.25
「塩と健康の科学」シリーズ
日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役
橋本壽夫
日本人の栄養所要量について ─ 食塩を中心に
第四次改訂“日本人の栄養所要量”が昨年10月に策定された。これは平成2年度から6年度までの間に使用する日本人の栄養所要量に関するもので、国民に対する食生活の改善指導、集団給食施設指導等の指導基準として利用されているものである。性別、年齢別、生活活動強度別(軽い、中等度、やや重い、重い)、身長別に栄養所要量がこと細かく定められている。
栄養素としてはタンパク質、カルシウム、鉄、ビタミンA、B、ナイアシン、ビタミンC、Dが取り上げられている。食塩については説明資料の中に目標摂取量ということで前回と同様10グラム/日以下とされている。
この背景については、成人の食塩最少必要量は1グラム/日未満であり、血圧値を上昇させる食塩摂取量の閾値は3〜5グラム/日と思われるが、食塩摂取量の多い食習慣を持つ我が国では、食塩3〜5グラム/日の摂取では献立の作成も容易ではなく、おいしさにも欠ける。減塩運動の進展によって食塩摂取量は次第に減少し、地域によっては10グラム未満の所もでてきたが、全国平均レベルでは1日10グラム以下の目標摂取量が達成されていない状況にあるため、今回も前回と同じ量を目標摂取量とした、ということである。
この1日10グラム以下という目標摂取量が定められたのは昭和54年からであるが、それまで食塩についてはどのように考えられてきたか、また、外国ではどのようになっているかを厚生省保健医療局健康増進栄養課監修の第四次改訂「日本人の栄養所要量」から紹介する。
まず表1に食塩摂取量策定の変遷について示した。戦後まもない昭和22年に内閣の国民食糧および栄養対策審議会で1人1日当たりの食塩所要摂取量を15グラムと定めた。昭和27年には経済安定本部の資源調査会食糧部会で15〜25グラムと定めている。この時には小児(13歳未満)と青少年(13歳以上20歳未満)についても年齢別に定めていたが、表には成人だけを示した。男女とも軽労作、中労作では15グラム、強労作、重労作では20グラム、男子の激労作では25グラムとなっていた。
表1 食塩所要摂取量の変遷 |
年 |
食塩摂取量 |
策定機関 |
策定表名称 |
備考 |
昭和22年 |
15 g |
国民食糧および栄養対策審議会 |
日本人1人1日当たり所要摂取量 |
昭和27年 |
15〜25 g |
資源調査会 |
日本人1人1日当たり微量栄養摂取基準量 |
成人、性別、労作別 |
昭和29年 |
13 g |
資源調査会 |
日本人1人1日当たり栄養基準量 |
昭和35年 |
15〜20 g |
栄養審議会 |
日本人の無機質およびビタミン所要量(1日当たり) |
成人、性別、労働強度別 |
昭和35年 |
13 g |
栄養審議会 |
日本人の1人1日当たり栄養基準量 |
昭和38年 |
記載なし |
栄養審議会 |
昭和45年を目途とした栄養基準量 (1人1日当たり) |
昭和44年 |
15〜20 g |
栄養審議会 |
日本人の栄養所要量 |
成人、性別、労作強度別 |
昭和45年 |
14 g |
栄養審議会 |
昭和50年を目途とした栄養基準量 (国民1人1日当たり) |
昭和50年 |
記載なし |
栄養審議会 |
日本人平均1人1日当たり栄養所要量 |
昭和29年には栄養所要量と栄養基準量との定義づけを明確にして、栄養基準量として13グラムを定めた。その後しばらくこの値は変わらなかったが、昭和45年には昭和50年を目途として14グラムまで栄養基準量を引き上げることが定められた。しかし、昭和50年になると食塩の記載はなくなり、昭和54年度から目標摂取量1日10グラム以下と定められて現在に至っている。
この間の動きをみると、若干の変動はあるが、全体的には減少傾向の数値を定めている。また、昭和44年までは性別、年齢別、労働の強度別に定めていたものが、現在では一律になっている。これは栄養所要量と目標摂取量との言葉の定義づけが異なることによるものであろう。現在では栄養所要量としての食塩摂取量は定められていなくて、目標摂取量だけが一律に1日10グラム以下とあるのは、混乱や誤解の原因となるように思われるが、いかがであろうか。
次に表2には外国におけるナトリウム(食塩)の1人1日当たり推奨摂取量を示した。アメリカ、ソ連は年齢別に定めてあるが、それぞれ成人だけを示した。いずれも幅で示されているが、労働の軽重によって定められているかどうかは不明である。( )書きの食塩はナトリウム量を2.5倍した計算値である。多くの国々でカルシウムや鉄の推奨摂取量を定めているが、ナトリウム(食塩)については定めていない。これは何を意味するのであろうか。
表2 外国におけるナトリウム(食塩)の1人1日当たり推奨摂取量 |
国 |
年 |
ナトリウム(食塩) |
備考 |
アメリカ |
1980 |
1,100〜3,300 mg (2.75〜8.25 g) |
23歳以上の成人 |
アルゼンチン |
1976 |
定められていない |
イギリス |
1979 |
定められていない |
イタリア |
1978 |
定められていない |
インド |
1981 |
定められていない |
カナダ |
1975 |
定められていない |
スカンジナビア諸国 |
1980 |
定められていない |
ソ連 |
- |
4,000〜6,000 mg (10.0〜15.0 g) |
18歳以上の成人 |
大韓民国 |
1989 |
定められていない |
台湾 |
1980 |
定められていない |
チェコスロバキア |
1981 |
定められていない |
中国 |
1981 |
定められていない |
東ドイツ |
1980 |
3 g (7.5 g) |
18歳以上の成人 |
西ドイツ |
1985 |
定められていない |
ニュージーランド |
1981 |
定められていない |
フィリピン |
1977 |
定められていない |
フランス |
1981 |
定められていない |
ナトリウム(食塩)の推奨摂取量を定めているアメリカで、現在までの食塩と健康問題に関する研究結果からみて、食塩摂取量を公的に定めなければならない根基は極めて薄弱であるとの声があがり始めている。日本の学会ではまだ、そのような声は聞かれないが、専門雑誌の記事や第三次改訂のナトリウムの目標摂取量についての書き方を比較してみると、若干の動揺が感じられる。
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