戻る

たばこ産業 塩専売版  1990.12.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役

橋本壽夫

インターソルト・スタディの結果から(3)米国マスコミの論調

 疫学調査の結果から塩が悪者にされ、いろいろな観点から塩と高血圧との関係について研究が進められてきたが、未だに明らかにされない中でインターソルト・スタディの疫学調査の結果から、塩との関係は弱くむしろ肥満、アルコール摂取量に注意すべきことが示された。
 この調査結果を踏まえ、塩感受性の問題とも関連させて、これまでの行きすぎた減塩思想、運動を反省し、批判する声が専門家の学者の間であがり始め、マスコミもそれに同調する記事を書くようになってきた。
 今回はその中の一つ、今年の8月に米国のWashingtonianという雑誌に15ページにわたって掲載された記事の概要を紹介する。
 著者はジョージ・ワシントン大学の客員研究員で、専門書、学術雑誌から200件近い論文と専門家へのインタビューに基づいて書いたものである。
 「塩分に注意し、降圧剤を飲みなさい。さもないと死ぬかもしれない、と警告するが、塩はほとんど無関係である。しばしば薬の方がより大きな害を与える。高血圧との戦いがなぜ道を誤ったのか、効力のある薬がどうして非難されるようになったのか」という書き出しで始まる。
 「健康なアメリカ人は高血圧防止のために塩分を減らすよう繰り返し言われている。しかし、この主張は十分証明されたものではなく、議論の最中にあることはあまり知られていない。また、食塩仮説が科学的に調査され、予想外の結果が出たが、それについてほとんど何も述べられていない」このことを「飛行機が墜落した時、夜のニュースでは事故のニュースが氾濫する。しかし、食塩仮説が崩れ(墜落し)た時、何事もなかったごとく報道もされない。このような著しい差は、公衆衛生政策で誤りを訂正する有効な組織がないことから生じている。さらに悪いことに、食塩仮説支持者は相変わらず自信を持って難破船を操縦している」と述べている。
 "ハーバード大学医学部のベネットは「インターソルト・スタディの調査結果について公的機関が奇妙にも沈黙している理由は、調査結果の公表により栄養(塩分)に関する勧告を断念しなければならなくなり、それは一種の屈辱であるからだ」と述べている″。また、アメリカ心臓協会栄養委月会の長であったラロサは「我々は笑い者にされずに、どのようにして塩分に関する勧告から身を引くか考えている」と大学の公開討論会で打ち明けている■
 このように食塩仮説が怪しくなってきたが、食塩仮説が唱えられ、今日のようになってきた過程をこの論文から要約してみると次のようになる。
  「重症の高血圧患者の血圧をどうして下げようかと困っていた頃の一九四四年に、ケンプナーがデューク大学病院で重症者血圧の入院患者グループのために塩の入っていない厳しい規定食を与えた。塩分量は通常の約20分の1であった。これにより症例の約3分の2で血圧が下がり、正常に戻ったように思われた患者も1症例あった。血圧を下げる効果的な方法がない時期にケンプナーのライス・ダイエットは思いがけない方法であった。しかし、ケンプナーは降圧効果の原因を推測しょうとはしなかった」
 「この効果を塩分と結びつけたのは国立ブルックヘブン研究所のダールであった。彼は塩分制限の効果を推測し、動物実験により精力的にその証拠をあげ、調査結果を熱心に主張した。彼はラットによる実験で塩の摂取量が高血圧の発症に関係があることを示したが、一方、いくら塩を与えても高血圧にならないラットがいることも知っていた。人間はどちらのラットに属するのであろうかと思っていた。このような時、南米の原始的部族のことを知り、彼らは塩をほとんど使わないで生活しているかもしれず、もしそうであれば高血圧もないはずであると予想して、何人かの賛同者と世界的な調査を始めた。この調査結果を図に記入したところ、塩の消費量が増えるにつれ、高血圧は着実に増加する結果が得られた」この時から食塩促説が信じられるようになった。
 「英国の医師ピッカリングは患者の血圧を測定しながら塩の摂取量も尋ねた。そして塩の摂取量と高血圧との間には関係がないことを発見した。このことは英国で何度も繰り返され、アメリカでも同様の結果が得られた。食塩仮説支持者と科学的懐疑論者の間で論争は深く激しくなった。しかし、一般の人々はほとんどこの論争を知らされなかった」
 「ニュース・メディアでは食塩仮説支持者が勝利を治め、国立科学アカデミーは塩の摂取量を大幅に削減するよう勧告した。食塩仮説支持者はマスメディアで勝利したにもかかわらず、国際的名声のある科学者から繰り返し挑戦を受けた」
 「食塩仮説の論争を解決するために理想的な国際調査をする計画が生まれ、ノースウエスタン大学のスタムラーらの手でインターソルト・スタディとして実行された」そして先に書いた予想外の結果が得られ、マスコミが行きすぎた減塩問題を取り上げるようになった。
 本論文の後半は「高血圧との戦いで製薬会社、公衆衛生の政策立案者および医師が共通の敵を撲滅するために結束したことにより、国民の保健制度が変わり、アメリカの医学・産業複合体ができ、高血圧治療対象者の枠を軽症者まで広げ、過剰な薬物治療による利益の追求と副作用の危険が増大している」ことを述べ、「治療による利益と損害とをよりよく識別できる制度が必要であろう」と結んでいる。