たばこ産業 塩専売版 1994.10.25
「塩と健康の科学」シリーズ
日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役
橋本壽夫
第五次改定
日本人の栄養所要量について
厚生省は今年の5月に第五次改定の日本人の栄養所要量を発表した。日本人の健康を保持、増進するために必要なエネルギーや各栄養素の1日摂取量を示したものであり、平成7年度から平成11年度までの間に使用されるものである。この中で食塩摂取量に対する考え方が第四次改定からどう変わったかを紹介する。なお、ナトリウムで表示されている所は食塩と読み替え、その量は2.5倍して食塩として統一して表した。
最少必要量
成人の食塩の最少必要量は1人当たり1.3グラム/日以下、または0.018グラム/体重キログラム以下である。ところで、市販食品を用いて食塩無添加食を調理したところ、2〜3グラム/日の食塩相当量になった。したがって、いかなる減塩食あるいは無塩食を調製しても最少必要量を下回ることはない。しかし、この食塩無添加食を健康で普通の成人に一週間食べさせたところ、代謝平衡は維持されたが、疲労感、頭痛、食欲不振等を訴え、ナトリウムの体内蓄積を図るために、アルドステロンの分泌が異常に高くなったという論文を引用している。最少必要量の10倍以上の摂取量であるから、減塩すればするほどよい、といったようなこれまでの考え方を暗に是正して警告を発している様子が伺われる。このような文献の引用は第四次改定ではなかった。
発汗による食塩損失量
室温28〜32度で軽い発汗の場合の食塩損失量は0.58〜1.15グラム、32度以上で中程度の発汗の場合は1.15〜2.30グラム、室温が著しく高く、高度の発汗の場合は2.30グラム以上である。かつての溶鉱炉の作業従事者のように、短時間で数リットルという多量の発汗を伴う職種では、脱水とナトリウム喪失による熱中症が問題となったが、機械化により、現在ではこのような産業衛生上の問題はまれとなった。
現在でも多量の発汗を伴う職種として、ハウス農業従事者があるが、農繁期の作業ピーク時でも1日の発汗量は1〜3リットル、発汗による食塩の喪失量は2〜8グラムであることが報告されている。
第四次改定では、この発汗の部分は高熱環境に順応した条件下では1日当たり250ミリグラム以下の食塩喪失量とだけ表現されていたことを考えると、記述の内容が大幅に拡大され、しかも食塩喪失量を桁違いに増加させている。後段の7〜8グラム/日の摂取量につなげる種を蒔いているのであろうか。
食塩と血圧
食塩と血圧との関係は多くの疫学的研究で明らかにされている。食塩を多く摂取する集団では高血圧の頻度が高く、食塩の摂取量ないしは排推量の平均値が3〜5グラム/日以下の集団では高血圧の頻度が極めて低く、加齢とともに血圧が上昇しないといわれている。しかし、このことは発展途上国のいわゆる伝統社会において当てはまるもので、この値を我が国の望ましい値として当てはめるには問題が多いと考える。インターソルト・スタディに参加した先進諸国の集団における食塩摂取量の平均値を検討してみると、7〜8グラム/日が低値といえそうである、としてインターソルト・スタディの結果を重視して先進諸国の7〜8グラム/日に注目させている。しかし、先進諸国の範囲にもよるが、平均値7〜8グラム/日は無理に設定した値のように思われる。原報を読めば、平均値はもっと高いことが分かる。
第四次改定が発表された平成元年には、インターソルト・スタディの結果は既に発表されていた。しかし、改定では検討されておらず、食塩と高血圧に関する諸研究は、血圧を上昇させる食塩摂取量の閾値は3〜5グラム/日であることを示唆している、と述べて食塩摂取量を3〜5グラム/日まで下げれば、血圧が上昇しないことを暗に示して、そこまで減塩した方がよいような感触を与えている。しかし、前述したように、これでは副作用の問題が出ることもあることを今回では述べている。今回初めてインターソルト・スタディの結果を取り上げて7〜8グラム/日に注目させているが、平成2年9月25日号の本紙を見ると分かるように、7〜8グラム/日の食塩摂取量では、日本が参加した三ヶ所の調査地よりもほとんどが高血圧有病率が高い(5.9〜33.5%)のである。ちなみに日本のデータは食塩摂取量が9.8〜11.8グラムで高血圧有病率が10〜11.7%である。
食塩と胃がん
今回の改定で初めて取り上げられた項目で、記載されている内容は、この項については関係ありとする文献と関係を認められなかったとする文献を紹介し、評価が定まっていないが、高濃度食塩による高浸透圧は、硬い食品による機械的刺激と相まって、胃粘膜の粘膜障壁を破壊し、発がん物質の作用を促進するということもいわれているので、減塩に努力することが望ましい、としている。要するに相関は未確定であるが減塩をしなさいと勧めている。
食塩の目標摂取量
日本人の食塩摂取量からみて、できるだけ減塩に努めることが必要であるが、当面の目標として10グラム/日以下とする。10グラム/月を達成している人は、7〜8グラム/日へ、というように、各自が自分の現在の摂取量を下回るように常に努力しなければならない。10グラム/日が理想的な食塩摂取量ではないということを強調しておきたい、となっている。
第四次改定では、この部分は次のように書かれていた。成人の食塩最少必要量は1グラム/日未満であり、血圧値を上昇させる食塩摂取量の閾値は3〜5グラム/日と思われる。しかし、特に食塩摂取量の多い食習慣である我が国では、食塩3〜5グラム/日の摂取量では献立の作成も容易ではなく、おいしさにも欠けることになる。このため、今回も前回と同様10グラム/日以下を食塩の目標摂取量とした。
以上のように前回では3〜5グラム/日の摂取量を理想的と念頭に置いていたが、あまり下げると弊害もあるようなので、今回は7〜8グラム/日を理想に置いて、その根拠をインターソルト・スタディに無理(高血圧有病率が下がることにはならないから)に求め、10グラム/日の食塩目標摂取量が達成されたら、次には7〜8グラム/日に設定したい伏線として書かれているようである。しかし、その根拠は依然として曖昧である。
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