たばこ産業 塩専売版  1996.03.25

「塩と健康の科学」シリーズ

(財)ソルト・サイエンス研究財団研究参与

橋本壽夫

集団血圧の正規分布における重要性

 血圧を測定された時、例えば「最高血圧130 mmHg、最低血圧80 mmHgで正常ですね」などと言われる。最高血圧は心臓が収縮した時に最高となった血圧で、収縮期血圧ともいわれ、最低血圧は心臓が拡張した時に最低となった血圧で、拡張期血圧ともいわれる。これらの数字を聞いて患者は、血圧が正常であったり、高いとか低いとかで一喜一憂する。その他に平均動脈圧という言葉もある。これらは何を意味し、集団の血圧はどのように分布し、また減塩するとその分布はどのように変わり、それにどんな重要性があるのであろうか。

血圧の意味

 血圧は血管の抵抗値と心臓から送り出される血液量をかけたものとして表され、血液が血管の壁を押しつける圧力である。平均動脈圧は最低血圧に最高と最低の血圧差の3分の1または2分の1を加えることによって求める。心臓の収縮作用により血液は血管の中を流れ、動脈を通り末端組織内の毛細血管を経て静脈に入り、それを通って再び心臓に帰ってくる。この間に血液は酸素、栄養分、老廃物を取り込み、それらを組織に送り込んで体の機能を発揮させたり、あるいは肺や腎臓から炭酸ガスや老廃物を体外に出す。したがって、血圧が高くなければ血液は流れず、体の機能が麻痺してしまう。しかし、あまりに高いと血管が破れて脳出血などを起こす。
 このようなことから、適正な血圧は体の調子を整え健康な状能で過ごすために大変重要な値である。通常、血圧を自動的に適正な値に維持するように体内にいろいろな血圧調整機構が備わっている。その機構のどれかが異常になると血圧が上昇し高血圧となる。
 世界保健機構では高血圧を次のように定義している。最高血圧が140 mmHg以下で最低血圧が90 mmHg以下であれば正常血圧で、それぞれの血圧のいずれかが160 mmHg95 mmHg以上であれば高血圧である。血圧が二つの値の問にあれば境界域高血圧とされている。

集団の血圧分布

 集団について血圧を計ってみると、集団の中には低い血圧を示す人から高い血圧を示す人まで、いろいろな人が混ざっており、その集団でそれぞれの血圧を示す人々の分布は山型になる。このような分布を正規分布という。通常、いろいろな事象の分布は正規分布を示すことが多い。例えば、試験で同じ点数を取った人の数の分布がそうである。

減塩による血圧分布の影響

 インディアナ大学のワインバーガーらは短期間で食塩感受性と食塩抵抗性の人を見分けるために、食塩水を静脈内に注射して食塩を負荷した時の血庄値から減塩した上で利尿剤を投与された時の血圧値を差し引いた差の分布を正常血圧者(375)と高血圧者(192)について調べた。その結果はに示すようであった(山型の線は筆者が加えた)

減塩に対する血圧応答は正規分布を示し、血圧低下だけではなく血圧上昇も起こることを紹介。
                     図 減塩に対する血圧応答

 食塩を加えた時の血圧と減らした時の血圧が変わらなければ差はゼロとなり、正常血圧者ではその人数が一番多く、集団の22%を占めている。それより左側のマイナスの数字は減塩で平均動脈圧が上昇したことを表し、逆に右側のプラスの数字は減塩で低下したことを表している。
 正常血圧者ではゼロを中心に両側にほぼ同じ頻度で血圧の上昇した人と低下した人が出てきており、きれいな正規分布を示している。つまり、減塩の効果はプラスからマイナスまで人によって様々に現れる。
 ところが、高血圧者では血圧が変わらなかったゼロの人は少なく、中心は右側に移って15 mmHgほど血圧が低下した人の数が一番多く、20%を占めている。この値を中心に頻度は左側に比べて右側の方が少なく正規分布の形は少し崩れているが、全体的には正常血圧者の場合の分布が減塩の影響で右側に移動した形となっている。このことから、高血圧者の方が減塩で血圧が下がる影響を受けやすいことが分かる。

食塩感受性者と食塩抵抗性者の血圧分布

 ここで10 mmHg以上の血圧低下を示した人を食塩感受性者、5 mmHg以下の血圧低下しか示さなかった人を食塩抵抗性者とすると(この定義は研究者によって異なる、また減塩によって血圧が上昇する人も食塩感受性者と考られる)、正常血圧者では26.0%が食塩感受性者であるのに対して、高血圧者では51.0%が食塩感受性者であり、高血圧者が食塩の影響を受けやすいことが分かる。一方、正常血圧者では58.4%が食塩抵抗性者であるのに対して、高血圧者では33.3%が食塩抵抗性者であり、高血圧者でも血圧が下がらない人がいることが分かる。これについてはもっと困ったことに、この論文では述べられていないが、高血圧者が血圧を下げようと減塩したとき、逆に血圧が上がり危険性が高まる人(高血圧者で左側の分布に入る人)が数%いることである。通常、このような減塩で血圧が上昇する高血圧者のことは話題にもされずに減塩が勧められている。多様な状況を示す(正規分布を示す)人の集団に一律に減塩を勧めることが必ずしも全員に利益をもたらすわけではなく、危険性を増すこともあることから批判が出てくるのは当然であろう。集団の血圧は正規分布を示すことを認識することが、保健政策上重要である。