たばこ塩産業 塩事業版  1997.10.25

塩なんでもQ&A

(財)塩事業センター技術部調査役 

橋本壽夫

 

塩と食中毒菌

 

 塩には防腐作用があるといわれ、塩蔵として食品の貯蔵に広く用いられていますが、最近話題のO-157などの食中毒菌で塩が汚染される心配はないでしょうか?
                        (粉砕塩を使用しているワカメ塩蔵業者より)

大きな浸透圧により防腐効果が高い「塩」

 人類が狩猟生活から農耕生活に変わり定住するようになると、食べ物を腐らせないように保存することが一層重要になりました。それに使われたのが塩ですが、塩の入手は容易でなかったために、貴重なものとして扱われていました。また塩は、その防腐作用により物が腐って消えてしまうことを防いだために、神秘的な力があると信じられ、魔除けや厄除け、清めに使われるようになりました。
 塩の防腐作用は塩の浸透圧によるものです。浸透圧により微生物中の水分が細胞外に引き出されて、微生物(細菌、カビ、酵母菌など)は死滅します。(しかし、後に述べる好塩菌は、カリウム塩類などを細胞の中に蓄積して細胞の外の浸透圧とバランスさせていますので死滅しません)。浸透圧は塩だけではなく砂糖でも生じますので、砂糖漬けとしても食品を保存できます。塩は砂糖よりも入手しやすく、少ない重量で大きな浸透圧が得られますので防腐効果が高いといえます(参照)

食塩と砂糖溶液の水分活性値と食品
水分活性値 食塩 (%) 砂糖 (%) 食            品
1.00〜0.95 0〜8 0〜44 新鮮肉、果実、野菜、シロップ漬けの缶詰果実、塩漬けの缶詰野菜、フランクフルトソーセージ、マーガリン、バター、低食塩ベーコン
0.95〜0.90 8〜14 44〜59 プロセスチーズ、パン類、生ハム、ドライソーセージ、高食塩ベーコン、濃縮オレンジジュース
0.90〜0.80 14〜19 59〜飽和 熟成チェダーチーズ、加糖練乳、ジャム、砂糖漬け果実の皮、マーガリン
0.80〜0.70 19〜飽和 糖蜜、高濃度の塩蔵魚

保存中の塩の環境は細菌の繁殖に適さず

 通常、微生物はあらゆる所におり、熱をかけて滅菌されない限り、環境が繁殖に適しておれば、その微生物は増えてきます。しかし、保存中の塩の環境は細菌の繁殖には適していませんので、数が増えることはありません。したがって、何らかの特殊な理由からO-157で塩が汚染されたとしても、O-157は繁殖することはありませんので問題になることはありません。
 食塩や精製塩のように熱をかけて煮詰められてつくられる塩は滅菌されていますので、細胞はほとんどいないと考えて良いと思います。しかし、粉砕塩は天日塩を粉砕した物ですので、特殊な細菌(後で述べる好塩菌)がいますが、洗浄されておりますので数は少なくなっております。
 塩を溶かす時の水道水、空気、ゴミ、ほこりの中にも細菌はいますので、細菌を絶無にすることはできません。
 しかし、人間は生まれ落ちたときから微生物に取り囲まれて生活していますので抵抗力があり、病気などで体の抵抗力が弱っていない限り大丈夫です。
 ちなみに、人間の腸の中には大腸菌や乳酸菌など100種類以上もの腸内細菌といわれる細菌が住みついています。その数は大便1 g当たり1千億個もあり、大便の重量の約3分の1を占めるそうです。でも、これらの細菌は、食べ物の消化を助けたり、一部のビタミンを作ったり、有害な病原菌の発育を抑えたりする重要な役割を担っております。

温度など条件次第で繁殖する「好塩菌」

 通常、塩分濃度が高い場合、微生物は前述したように繁殖できませんので、食品が変質することはありません(塩が防腐剤として使われる理由です)。しかし、多様な微生物の中には、塩分濃度の高い状態でも好んで繁殖する微生物がたくさんいます。このような微生物を好塩菌といいます。好塩菌は塩分濃度によって何種類かに分けられます。一番身近な例では、味噌、醤油の製造に使われる微生物です。
 天日塩田では好塩菌が繁殖しているために、結晶池が桃色から赤色になることがあります。この好塩菌は食中毒を起こさせるようなことはありませんが、製品として天日塩を出荷するには、この菌を洗って色を落とすことが必要です。
 好塩菌の中には食中毒を起こさせる種類の菌もいろいろとおります。例えば、腸炎ビブリオ、ブドウ球菌、病原性大腸菌、ボツリヌス菌などです。ご質問のO-157は病原性大腸菌の一つです。
  したがって、衛生的な環境で製造することが重要になります。怪我で化膿した傷のある手や汚い物をさわった手が直接食品に触れるようなことは絶対に避けなければなりません。塩分濃度が高くても前記の細菌は温度などの条件が良ければ繁殖するからです。
 先に述べたように、腸内細菌は病原菌の発育を抑えますが、入ってくる病原菌の数が多いと抑えきれません。病原菌が腸内で増えて優勢になると食中毒の症状が現れます。

水分活性値が減少すると腐りにくくなる

 塩や砂糖の防腐作用を具体的に表すには水分活性という言葉が使われます。
 水分活性の値は1より小さいのですが、表に示すように塩や砂糖の濃度が濃くなるほど、数字が小さくなり、防腐効果が高くなります。つまり腐りにくくなります。
 物が腐る場合には、微生物の繁殖があります。したがって、微生物の繁殖しやすい環境は腐りやすい環境であるといえます。水分が多く、栄養物があり、pHが中性に近く、温度がほどほどに高い場合に物が腐りやすいことは、通常経験していることです。
 腐ったものを食べれば食中毒を起こし、腹痛、下痢、発熱、嘔吐などで健康を害するので注意が必要です。しかし、腐ってない物を食べたからといって安心していられません。
 食中毒を起こす菌に汚染された毒物を含んだ食物を誤って食べた場合とか、O-157のような細菌の繁殖によって毒物が生成した場合にも食中毒といわれ、重大な事態になることがあります。

長期保存の取り扱いに注意すれば問題なし

 塩の品質を表す項目の中には、微生物に関連した項目はありません。製品となった塩の中で微生物が繁殖することはあり得ないからです。せんごう塩は加熱されますので微生物はいないと考えてよろしいのですが、無菌状態で取り扱われ包装されるわけではありませんので、微生物を皆無にすることはできません。また、天日塩は前述のように当然なにがしかの微生物は入っております。
 塩は加工食品で頻繁に使われますので、滅多に起こらないことですが微生物の入っている塩が使われ、製造された食品の環境がその微生物の繁殖条件にあっておれば、微生物が繁殖し食品の品質劣化を起こすことがあります。例えば、魚の塩干物がピンク色になって腐敗することがありますが、これは好塩菌の繁殖によるものです。好塩菌の繁殖で塩蔵ワカメの品質を悪くする場合もあります。このようなことを防ぐには塩蔵品といえども冷蔵庫に保存することが必要です。
 また、塩の品質と塩蔵品の品質との関係でいえば、せんごう塩の場合よりも天日塩の場合の方が塩蔵品中のニトロソアミンが多くなるという報告があります。ニトロソアミンは胃ガンを発症させる原因物質の一つです。
 塩漬け肉では、肉を赤く発色させるために硝酸塩や亜硝酸塩を添加することがあります。硝酸塩や亜硝酸塩はニトロソアミンを生成させる物質です。普通に食べている分には問題ありませんが、多くの量を長期間食べ続けることは避けた方がよいといえます。
 結局、せんごう塩を使って衛生的な状態で食品を製造すれば、微生物の汚染に対して安全といえますが、天日塩でも衛生的な環境で使用するとか、長期間の保存には冷蔵庫を使うとか、取り扱いに注意すれば、まず問題はないと思います。